2005年12月・2006年1月号 この号の目次
話題の本棚
戦争終結を目指した人々の物語
幻の終戦工作
ピース・フィーラーズ
1945夏

   
竹内修司著 文春新書

 日露戦争の勝利から100年、第二次世界大戦の敗戦から60年。2005年は、この二つの戦争を題材とした本が多数出版された年であった。私も非力ながらその幾つかを本誌で取り上げてきたが、今年最後の今号でも第二次大戦を扱った本を紹介したいと思う。
 時期は大戦末期の四五年七月から終戦まで。舞台は中立国スイス。最早勝敗の決した戦争を早期に終結させようと活動する少人数の日本人・アメリカ人の集団がいた。日本側は、バーゼルにある国際決済銀行(BIS)に勤務する二人の人物と、彼らの動きを政府関係者として支援した外交官と陸軍武官。一方のアメリカ側は、後にCIA長官となるアレン・ダレスをトップとする情報機関のエージェントたち。一刻も早く戦争を終わらせ、国土と国民を守りたい日本人、多大な犠牲を伴う日本本土上陸作戦を回避したいアメリカ人。双方の思惑が、BIS経済顧問という立場にある一人のスウェーデン人を介して交錯する。本書は、日米双方が終戦へ向けて極秘に接触を続けた秘密交渉を丹念に追ったものである。
 この本のタイトルに「幻の終戦工作」とあるように、結局このスイスでの秘密交渉が実を結ぶことはなかった。アメリカ側では、この交渉の経過がホワイトハウスまで伝達されていた証拠があるが、様々な思惑があったのだろう。東京ではまともに扱われた痕跡すら無いらしい。当時の日本政府は、アメリカが求める「無条件降伏」の条件を探っていたというところか。
 1951年に吉田茂首相の指示によって外務省の中堅職員がまとめ上げた日本外交反省の書には次のような一節があるそうだ。「…当時の廟堂には智者はあったかも知れないが、勇者の無かったことを歎ぜざるを得ない」。スイスで終戦へ向けて活動した日本人和平工作者たち(ピース・フィーラーズ)は勇者であったろうか。彼らは、中立国において連合国側の要人と接触する機会も多く、東京の人間よりも冷静に現状を見ることができる立場にあったのだろう。彼らが迷わず出した結論は、一刻も早い講和であった。そして、東京に対して戦争の早期終結の必要性とアメリカ側の意図を打電し続ける、逆にアメリカへは日本の思惑を伝え続けるという行動に出た。東京の反応に一喜一憂しながらも、次々に対策を講じる彼らの行動からすれば、彼らは勇者であったと思う。
 この本は、和平工作者の行動を一日ずつ記録するという書き方をしている。その毎日の記録の後には、その日の戦況も併せて記されている。日本各地への空襲、神風特別攻撃隊の出撃、7月16日アメリカでの原爆実験の成功、8月8日ソ連対日宣戦…。スイスの和平工作者が奔走した日々に一体どれ程の人命が失われたのだろう。勇者たちの姿に人間がもつ可能性という希望を感じるとともに、その限界も痛感せざるを得ない。終戦へ至る外交史として読んだつもりだったが、そんな思いが心に残る本であった。 (歳)

(334頁 税込935円 7月刊)

この号の目次 京都大学生協書評誌/綴葉 2005年12月・2006年1月号