2005年12月・2006年1月号 この号の目次
話題の本棚
密室…逃れるべきか、留まるべきか?
デカルトの密室
瀬名秀明著 新潮社


三重の密室

 『デカルトの密室』は、著者にとっては五年振りの長編小説になるらしい。デビュー作『パラサイト・イヴ』(角川ホラー文庫)から丁度十年。本作は二作目の『Brain Valley』(新潮文庫)で語られた脳科学、ここ数年著者がノンフィクションなどで書いているロボット工学・人工知能、そして前作の『八月の博物館』(角川文庫)で試みられていた小説論・物語論、それらが複雑に絡み合った小説となっている。著者にとっては或る意味節目の作品となるのだろう。
 舞台は近未来。外見も人間そっくりで、振る舞いも人間らしいロボットがついに登場した社会である。主な登場人物は三人。人工知能・ロボット開発者のユウスケ、彼が作ったロボットのケンイチ、進化心理学者のレナ。そこに夭折したはずの天才科学者フランシーヌが絡み、ロボットが人間を殺すという事件が起こる。なぜロボットが殺人を犯したのか。その理由を解明しようとする過程で、デカルト以来の心身問題という問題系が浮かび上がってくる(本誌「特集」参照)。中国語の部屋やチューリングテスト、フレーム問題といった、心の哲学やロボット工学に親しい人にはお馴染みの問題系である。換言すれば、ロボットにとっての「機械」という束縛(第一の密室)、人間にとっての「脳」という束縛(第二の密室)、そしてあらゆる存在者にとっての「宇宙」という束縛(第三の密室)が謎として突きつけられる。その回答として著者が用意するもの、それは小説家としての或る種の信念表明に当るものとなるだろう。
 但し、テーマは非常に興味深いものであるのだが、専門用語も多く、デカルトの著作を意識した小説的な技法(一人称の使い方)にも凝っているので決して読み易いものではない。しかも様々な話題を少し詰め込みすぎていて些か消化不良気味の感がある。テーマがテーマだけに複雑な構成、難解な表現は仕方のないことだろうが、もう少し小説としての読み易さが欲しかったように思う。

心・意識・脳

 このテーマに関連して、著者が本書を構想し、執筆している最中に行われた対談がある。その対談集がこの小説と前後して出版されている(『心と脳の正体に迫る』(天外伺朗・瀬名秀明著/PHP研究所))。対談相手の天外氏はソニーでCDの開発に携わり、最近では「AIBO」の開発責任者をつとめた人である。その一方で瞑想法についての本も著しているし、神秘主義者でもあるらしい。対談内容は最新の脳科学や量子力学、ロボット学からトランスパーソナル心理学、神秘体験、アブダクション(宇宙人による誘拐)などまで多岐にわたり、かつそれらが様々な接点でもって絡み合って議論されている。かなり疑わしい話題もあるが、突飛な発想が次々に飛び交い、アイデアが膨らんでいく過程は興味深い。そのこともまさに「心」のなせる業なのだから。 (茶金)

(471頁 税込1995円 8月刊)
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