| 2005年12月 |
第4回
エチゼンクラゲ、和歌山県田辺湾に世紀の初出現
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![]() ▲写真1 田辺湾にやってきた巨大なエチゼンクラゲ ![]() ▲写真2 傘下に濃褐色の口腕があり、1mにも達する濃褐色の糸状付属器が多数あるのも特徴 ![]() ▲写真3 口腕の小触手には、武装された刺胞、毒の強い大型2種と粘着用の小型2種が無数にある(顕微鏡で1000倍に拡大) |
瀬戸臨海実験所が1922年に開設されて以来、無脊椎動物の系統分類学的研究が連綿として進められてきたが、実験所直前の田辺湾から111属146種の様々なクラゲ類が報告されている。この記録はある地域にどんなクラゲが見られるかという点では日本で最もよくわかった海域である。クラゲ類のリストは、各種の一生がどれくらいわかっているかという知見も含めて瀬戸臨海実験所年報第16巻(2003年発行)にまとめたし、拙著「神秘のベニクラゲと海洋生物の歌」の附録1として転用している。その中には昨今世間を騒がすエチゼンクラゲは一度も記録されたことがなかった。ところが、2005年11月3日に田辺湾湾奥でエチゼンクラゲ1個体が地元の魚屋さんに網で掬い上げられ、いけすで保管されているとの報告を受けて飛んでいった。和歌山県南部で初記録でもある。 田辺湾にやってきたこのエチゼンクラゲは、遊泳時に傘をすぼめた時の直径が55cmだった(写真1)。淡褐色の傘の表面には特有のざらつきが見られた。傘下に濃褐色の口腕があり、そこから1m以上に伸張する濃褐色の糸状付属器が多数あるのも特徴だ(写真2)。体のあちこちを切り取って顕微鏡で1000倍に拡大して詳細を調べた。生殖巣には多数の精子が長い尾で活発に遊泳しており、成熟した雄だと判った。口腕にある小触手は無数の刺胞で武装し、毒の強い大型2種と、粘着用の小型2種の計4種があった(写真3)。生きた魚もこの刺胞で刺されるとそこの細胞が死んで白くなってしまうし、人も刺されると発疹ができる。不幸中の幸いは人の死亡例はないこと。しかし、巨体からの毒の注入量によっては、死の危険性もあるので注意されたい。 エチゼンクラゲの紀伊水道への初出現は2005年の8月で、底曳き網にかかって漁具を傷めたり漁獲物を傷つける被害をもたらした報道があった。今回の田辺湾への出現はその2ヶ月ほど後だった。それ以降は発見も漂着もないままだ。先に和歌山県北部に出現したクラゲは、傘が直径1mに達し十分に成長していることや、今回の田辺湾の個体が成熟雄であったことは、繁殖可能となっている証なので、今後は外来種である本種が日本に定着する危険性を喚起したい。 紀伊半島沿岸でエチゼンクラゲが出現した経路については確定はできないが、東シナ海域、四国太平洋沿岸、関門海峡や瀬戸内海で確認されてきていることから、可能性としては、黒潮にのってわが国の太平洋沿岸に到来し、紀伊水道に入ったか、あるいは日本海から関門海峡を抜け、豊後水道を通過し、太平洋沿岸に沿って紀伊水道へ達した経路などが考えられる。 2005年は、傘径が1mをゆうに越すエチゼンクラゲが、日本海沿岸で大量出現し、1日に5億個体もが中国から流入したなどという数値が推定されているほどで、漁業被害も甚大である。この100年間で大量出現した年は数えるほどだが、そのような異例の年には、9月から10月にかけて日本海側を北上し、時として11月に津軽海峡を経て太平洋側の日本沿岸に分布拡大し、12月に千葉県に達することもある。最後に、本種の発生場所は、日本海内部でもなく、朝鮮半島の南西沿岸域から東シナ海沿岸水域と推定されているのでその対策は国家間の問題となろう。 (写真・文:久保田 信)
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